■協会の歩み
👣鹿児島県アーチェリー協会の歩み👣
1971年(昭和46年5月)
樋渡直竹氏(初代理事長)ら鹿児島経済大学 アーチェリークラブ(現、鹿児島国際大学)のOB15人 により結成され、初代会長に長野祐也氏が就任した。
1971年(昭和46年7月18日)
鹿児島市陸上競技場で全九州アーチェリー競技大会が開催された。
1972年(昭和47年)
全日本春季アーチェリー競技大会を鹿児島市与次郎ヶ浜で開催し、75人の県外選手も参加して九州選手権の本県誘致が実った。
1972年(昭和47年11月)
鹿児島太陽国体の後、第8回全国身体障害者スポーツ大会アーチェリー競技が鹿児島県立野球場で皇太子殿下、同妃殿下のご臨席のもとに開催され、鹿児島県 アーチェリー協会が一丸となり競技運営を行い成功裡に終わった。
1973年(昭和48年)
県協会では、各大会を通じ選手強化育成に努力し、昭和48年に長崎県で開催された全九州選手権大会に 樋渡、永留、石崎、富田の4選手が参加、同年10月には全九州秋季アーチェリー競技大会を鹿児島で開催し60人が参加した。
1974年(昭和49年)
第3回春季全日本アーチェリー競技大会九州大会は、福岡、長崎、大分、熊本、宮崎から参加し、5人が高得点の600点台を出すなどハイレベルな大会となった。
1975年(昭和50年)
全日本アーチェリー連盟のバッジテスト制が制定され、九州地区段位制と並行してアーチャーのランキングが出るようになった。鹿児島県においてもその前年度から オールラウンド(90?, 70?, 50?,30?)による競技が行われるようになり、認定者として、シルバーバッジ (中俣)、ブロンズバッジ(永留)、イエローバッジ(樋渡)が全日本アーチェリー連盟から与えられている。
1975年(昭和50年)
第4回鹿児島県知事杯大会を契機に鹿児島経済大学、鹿児島大学、九州学院大学など学生のアーチェリー 活動も盛んとなり、昭和51年には、鹿児島県体育協会に加盟し、県内におけるスポーツ競技団体として承認されている。
1976年(昭和51年)
アーチェリー競技の普及は、モントリオールオリンピックでの銅メダル及び世界選手権男子個人2位など、スポーツ競技としてのアーチェリーも注目されるようになり、全日本アーチェリー連盟内に国体選手参加促進小委員会が組織され、第33回長野 国体・34回宮崎国体へのオープン参加、第36回栃木国体から正式種目決定へと国体参加への気運が高まる。
1981年(昭和56年8月)
第11回九州国体(福岡県三井東圧大牟田工業所早鐘 グランウンド)少年男子団体3位入賞、少年女子が2位に入賞、第40回九州国体においては、少年男子団体2位、少年女子団体3位に入賞する。
1983年(昭和58年11月)
第38回あかぎ国体(群馬県川場村)鹿児島県が女子 団体8位の国体初入賞を果たした。
1988年(昭和63年11月)
第43回京都国体(京都府日吉町胡麻総合運動場)で 成年男子個人3位、団体8位に入賞した。
1990年(平成2年7月21~22日)
鹿児島県教育委員会の国際交流事業で当協会よりシンガポールへ監督・選手9名を派遣し、グロスター競技場で行われた競技会に参加し、外国選手との交流を深めた。
1991年(平成3年5月5~6日)
当協会創立20周年記念大会を開催し、シンガポールアーチェリーチーム監督選手9人を(男子5人、女子4人)を招き、川内市アーチェリー場で長距離競技、鹿児島経済大学第2グラウンドで50?×30?競技を行い九州各県より多数の応援と参加者の協力で 無事終了した。
2015年(平成27年11月28~29日)
鹿児島県において、全日本アーチェリー連盟主催による平成27年度全国指導者講習会が開催され、講師の長崎国際大学キ・サンフン氏から初心者指導する際の基本指導及び実射指導が行われた。県協会では、2020年東京オリンピック開催年の10月にかごしま国体が開催されることが決定し、国体参加入賞と円滑な競技運営のため、鹿児島県・鹿児島市両行政担当部署の指導のもとに、各県アーチェリー協会及び全日本アーチェリー連盟と連盟と提携し、競技力の向上を図るとともに指導者、審判員の養成、競技普及、射場施設整備など組織体制の強化を行うべく協会員が一丸となり取り組んだ。
1971年(昭和46年5月)
樋渡直竹氏(初代理事長)ら鹿児島経済大学 アーチェリークラブ(現、鹿児島国際大学)のOB15人 により結成され、初代会長に長野祐也氏が就任した。
1971年(昭和46年7月18日)
鹿児島市陸上競技場で全九州アーチェリー競技大会が開催された。
1972年(昭和47年)
全日本春季アーチェリー競技大会を鹿児島市与次郎ヶ浜で開催し、75人の県外選手も参加して九州選手権の本県誘致が実った。
1972年(昭和47年11月)
鹿児島太陽国体の後、第8回全国身体障害者スポーツ大会アーチェリー競技が鹿児島県立野球場で皇太子殿下、同妃殿下のご臨席のもとに開催され、鹿児島県 アーチェリー協会が一丸となり競技運営を行い成功裡に終わった。
1973年(昭和48年)
県協会では、各大会を通じ選手強化育成に努力し、昭和48年に長崎県で開催された全九州選手権大会に 樋渡、永留、石崎、富田の4選手が参加、同年10月には全九州秋季アーチェリー競技大会を鹿児島で開催し60人が参加した。
1974年(昭和49年)
第3回春季全日本アーチェリー競技大会九州大会は、福岡、長崎、大分、熊本、宮崎から参加し、5人が高得点の600点台を出すなどハイレベルな大会となった。
1975年(昭和50年)
全日本アーチェリー連盟のバッジテスト制が制定され、九州地区段位制と並行してアーチャーのランキングが出るようになった。鹿児島県においてもその前年度から オールラウンド(90?, 70?, 50?,30?)による競技が行われるようになり、認定者として、シルバーバッジ (中俣)、ブロンズバッジ(永留)、イエローバッジ(樋渡)が全日本アーチェリー連盟から与えられている。
1975年(昭和50年)
第4回鹿児島県知事杯大会を契機に鹿児島経済大学、鹿児島大学、九州学院大学など学生のアーチェリー 活動も盛んとなり、昭和51年には、鹿児島県体育協会に加盟し、県内におけるスポーツ競技団体として承認されている。
1976年(昭和51年)
アーチェリー競技の普及は、モントリオールオリンピックでの銅メダル及び世界選手権男子個人2位など、スポーツ競技としてのアーチェリーも注目されるようになり、全日本アーチェリー連盟内に国体選手参加促進小委員会が組織され、第33回長野 国体・34回宮崎国体へのオープン参加、第36回栃木国体から正式種目決定へと国体参加への気運が高まる。
1981年(昭和56年8月)
第11回九州国体(福岡県三井東圧大牟田工業所早鐘 グランウンド)少年男子団体3位入賞、少年女子が2位に入賞、第40回九州国体においては、少年男子団体2位、少年女子団体3位に入賞する。
1983年(昭和58年11月)
第38回あかぎ国体(群馬県川場村)鹿児島県が女子 団体8位の国体初入賞を果たした。
1988年(昭和63年11月)
第43回京都国体(京都府日吉町胡麻総合運動場)で 成年男子個人3位、団体8位に入賞した。
1990年(平成2年7月21~22日)
鹿児島県教育委員会の国際交流事業で当協会よりシンガポールへ監督・選手9名を派遣し、グロスター競技場で行われた競技会に参加し、外国選手との交流を深めた。
1991年(平成3年5月5~6日)
当協会創立20周年記念大会を開催し、シンガポールアーチェリーチーム監督選手9人を(男子5人、女子4人)を招き、川内市アーチェリー場で長距離競技、鹿児島経済大学第2グラウンドで50?×30?競技を行い九州各県より多数の応援と参加者の協力で 無事終了した。
2015年(平成27年11月28~29日)
鹿児島県において、全日本アーチェリー連盟主催による平成27年度全国指導者講習会が開催され、講師の長崎国際大学キ・サンフン氏から初心者指導する際の基本指導及び実射指導が行われた。県協会では、2020年東京オリンピック開催年の10月にかごしま国体が開催されることが決定し、国体参加入賞と円滑な競技運営のため、鹿児島県・鹿児島市両行政担当部署の指導のもとに、各県アーチェリー協会及び全日本アーチェリー連盟と連盟と提携し、競技力の向上を図るとともに指導者、審判員の養成、競技普及、射場施設整備など組織体制の強化を行うべく協会員が一丸となり取り組んだ。
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- 鹿児島県鳥の『ルリカケス』
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